世田谷線、踏切事故で運転見合わせ!画像アリ!運転再開後も遅れが発生! | サイネタ

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歴史 ☆1925年(大正14年)1月18日 – 開業。 ☆1939年(昭和14年)10月16日 – 玉電若林駅に改称。 ☆1969年(昭和44年)5月11日 – 若林駅に改称。

☆2001年(平成13年)2月11日 – ホームかさ上げ工事実施。

駅周辺 ☆警視庁少年センター ☆世田谷区役所 若林まちづくり出張所 ☆世田谷若林四郵便局 ☆若林稲荷 ☆若林天満宮 ☆烏山川緑道 ☆東京都道318号環状七号線(環七通り) ☆若林中央商店会 ☆天神湯

☆トップ 若林店(スーパーマーケット)

若林踏切
当駅の三軒茶屋方至近距離にある踏切で、東急側では「西太子堂5号踏切」と呼んでおり、環七通りを横切る唯一の踏切になります。

一般的な鉄道の踏切と違って遮断機はなく、信号機によって交通を制御しており、電車が接近してもすぐに道路の車の通行を遮らず、電車が踏切手前で停止するようになっています。

軌道回路上に設置されたゾーンに列車が進入すると、環七通りの道路信号にその情報が伝達され、自動車信号が青から赤に変わります。

車の通行が停止し、歩行者用の信号が青になると、軌道信号が進行現示となり、歩行者と並行して電車も進行する形です。

一定時間以上ゾーン内においてトラブル等で停車した場合は、渋滞防止の見地から環七通りの自動車信号が赤点滅に切り替わる仕組みになっており、赤点滅を解除するには警察に通報し復帰作業を行う必要があります。

かつては遮断機のある一般的な踏切であったが、モータリゼーションによる環七通りの交通量増大に見合わなくなったために、1966年(昭和41年)に現在の形式に変更され、路面電車風ではありますが、全線専用軌道である世田谷線の路面電車らしい運行上の特徴を最も表しているのが、この踏切の形態と優先順などの運用状態です。

1972年(昭和47年)における東急の立体交差化計画予想では、東急池上線戸越銀座駅 – 旗の台駅間(1989年(平成元年)に地下化)、東急東横線多摩川園前駅 – 新丸子駅間(1986年(昭和61年)に高架化)と共に、若林踏切を含む世田谷線西太子堂駅 – 若林駅間も立体交差化候補に挙げられていました。

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