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青木篤志、結婚は?バイク事故で死去の原因は!若きエースなぜ?

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全日本プロレスのエース青木篤志さんが、バイク事故で死去された事が分かりました。

3日午後10時半ごろ、東京都千代田区北の丸公園1の首都高速道路のトンネル内でカーブを曲がり切れずに事故を起こしたようです。

仕事に向かう途中での悲劇となりました。

青木篤志とは


青木篤志(あおき あつし)

・リングネーム
青木 篤志
・本名
青木 篤志
・ニックネーム
青き閃光
・身長
170cm
・体重
85kg
・誕生日
1977年9月25日
・死亡日
6月3日
・出身地
東京都大田区
・所属
全日本プロレス
・スポーツ歴
レスリング
・トレーナー
秋山準
小川良成 和田アキ子
・デビュー
2005年12月24日

2016年から
2016年1月3日、佐藤光留プロデュースハードヒットルール「隊長vs組長」と題された試合にて、藤原喜明と対戦。試合内容は中盤から藤原が打撃禁止のルールを破り頭突き攻撃を行うなど躍動、高度な腕の極め合いを見せたところで時間切れ引き分けとなった。

同年2月、ドイツ・ベルリンで開催される『GLOBAL WARNING』に、アジア代表として5日 – 6日と連続参戦。またJr. BATTLE OF GLORYで、Bブロック1位橋本和樹の負傷欠場を受け、丸山敦との挑戦者決定戦を勝ち上がってきた佐藤光留と決勝戦を争い勝利。優勝とともに第39代世界ジュニアヘビー級王者となる。また2月28日にはハードヒットに参戦、大江慎を相手にシュートボクシングルールで対戦し引き分け。

同年4月、チャンピオン・カーニバルに出場予定だったジョー・ドーリングに悪性の脳腫瘍が発見され、その代わりにチャンピオン・カーニバル初出場。Bブロックで3勝3敗、得点6に終わる。

同年6月19日、佐藤光留との防衛戦に敗れ、世界ジュニアヘビー級王座を手放す(防衛3回)。

同年12月29日のハードヒットでは平直行と対戦。7月16日、ハードヒット・新木場大会でキックボクサーの前口太尊と対戦。

2017年11月頃より、マスクを被り試合をするようになる(コスチュームもツーショルダーのロングタイツに変更)。

ただしリングネームは本名のまま変えておらず、またマスクを被る理由も明らかにしていない。

2018年2月3日、TAJIRIに勝利し第47代世界ジュニアヘビー級王座を戴冠(自身3度目)。

4回の防衛に成功するも、同年8月26日に岩本煌史に敗れ、王座陥落。

2019年、真霜拳號の負傷欠場を受け、チャンピオン・カーニバルに2度目の参戦。

Aブロックで4勝4敗、得点8に終わる。

2019年6月3日22時半ごろ、首都高速都心環状線外回りの北の丸トンネル内で、バイクで走行中に側壁へ衝突し転倒。
病院に搬送されたが死亡した。41歳没。

青木篤志の事故原因は

このバイク事故があった日は22時からニコニコ生放送にて青木篤志の「毒演会」が放送予定でした。

この番組は22時スタートで、事故の時間が22時30分頃になっています。

ひょっとしたら寝坊などされてかなりバイクを飛ばして事故にあったのではと思われます。

5月29日から6月2日までは広島から関西で試合で転戦していたようです。

かなりのハードスケジュールで疲れておられたのは確かでしょう。

青木篤志の事故まとめ


青木篤志さんは結婚された記録はありませんでした。

ただ、発表されてないだけかもしれません。

全日本プロレスにとってはかなりの痛手になるでしょう。

今後は過密スケジュールをどのように緩和していくかも必要ではと思います。

青木篤志さんのご冥福をお祈りします。

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