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谷津嘉章、右足切断!糖尿病が原因?FLASHで真相を告白!長州に嫉妬?

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週刊FLASH 2019年7月16日号で、荒武者レスラー谷津嘉章さんが糖尿病で、右足切断という記事が掲載されています。

6月25日に手術をしたばかりで、もうすぐリハビリに入る予定だそうです。

谷津嘉章の経歴


谷津嘉章(やつ よしゆき)

・本名
谷津 嘉章
・ニックネーム
荒武者
幻の金メダリスト
・身長
186cm
・体重
115kg
・誕生日
1956年7月19日
・出身地
群馬県邑楽郡明和町
・スポーツ歴
レスリング
トレーナー
ヒロ・マツダ
・デビュー
1980年12月29日

谷津嘉章選手は足利工大附属高校でレスリングを始めそのまま、日本大学に進学しレスリングを続けます。

その大学時代は全日本学生選手権フリースタイル100kg級4連覇し日本選手権でも優勝します。

1976年モントリオールオリンピックに日本代表として出場して8位の成績をのこします。

1980年にもモスクワオリンピックに日本代表に選ばれますが日本がボイコットした為に出場できませんでした。

もし出場していたら金メダルの可能性もあっただけにマラソンの瀬古選手と共に幻の金メダリストと呼ばれました。

1980年に新日本プロレスに入団しますが、レスリング時代の成績が高評価されエリート待遇での入団扱いでした。

デビューは渡米していたニューヨークで華々しいスタートをきっています。

1981年6月に帰国しアントニオ猪木さんとタッグチームを組み、蔵前国技館でいきなりメインイベントを務める華々しいデビュー戦を飾っています。

1983年に長州力さんが率いる「維新軍」に加入し後に、長州に次ぐ軍団の副将格に成長しました。

長州さんの「ジャパンプロレス」結成に参加し長州さんとのタッグでジャンボ鶴田&天龍源一郎組を破りインターナショナル・タッグ王座を獲得するなど活躍をみせました。

1986年6月にはレスリングフリースタイル130kg級でレスリング全日本選手権に挑戦し見事に優勝をはたします。

1987年3月、長州さんの新日本への復帰方針を巡り内部分裂状態になり谷津嘉章選手は長州らと袂を分かちます。

2002年、長州が率いる新団体「WJプロレス」に参加するも営業が低迷しわずか1年で団体は活動を停止となりました。

2010年9月 デビュー30周年の自主興行ツアーを最後に現役を引退。

2012年12月から高田馬場でホルモン焼き店を開業しましたが、2014年2月7日、2月23日で閉店しています。

2015年9月27日、畠中浩旭率いるアジアンプロレスリングでプロレスに復帰します。

2019年6月2日の愛媛県での試合後、糖尿病の影響から同月25日に右足を膝下から切断する手術を行いました。

谷津嘉章、糖尿病の原因とは

https://smart-flash.jp 引用

谷津嘉章選手の糖尿病になった原因は遺伝と暴飲暴食と思われます。

遺伝に関しては谷津嘉章選手の親戚には糖尿病になられた方が多いようです。

その中には失明してしまった方もいるそうです。

元横綱でプロレスラーになられた双羽黒さんも糖尿病から失明し死去されています。

35歳の時に谷津嘉章選手は糖尿病と診断され20年後には間違いなくインスリン打ってると診断されたそうです。

ところが、この27年間は糖尿の薬を飲むだけで過ごせていたそうです。

その影響で食生活の改善をせずに一日に5000~6000kcalの食事を続けたそうです。

その結果は体に良いはずはなく右足親指の爪の中にできた血豆が原因で壊死が進み足の切断になりました。

足を切ってみたら、動脈硬化が進んでボロボロの血管になっていたようです。

双羽黒、糖尿病から死去の経緯

谷津嘉章のこれから

https://smart-flash.jp 引用

谷津嘉章選手は足を切断した翌日に長州さんがハッピーエンドで引退したのを見てコノヤロー、こいつに負けてたまるかという気持ちになったようです。

嫉妬というよりは勇気をもらったという気持ちのようで、生きざまでは長州さんに絶対負けたくないと誓ったそうです。

これからはリハビリと食生活に注意しながら元気になってもらいたと思います。

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