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長野市穂保、千曲川の堤防決壊!動画アリ!橋が一部崩落 ベランダから助け求める人の姿!

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10月13日、国土交通省北陸地方整備局は、長野市穂保の千曲川の堤防の一部が「決壊したもようだ」と午前6時に発表しています。

NHKのヘリコプターから撮影した長野県東御市の映像では千曲川にかかる橋が流されたり、道路の高架部分が途中で途切れ、川に落下したりしている様子が分かります。

長野市穂保、千曲川の堤防決壊!の反応

千曲川、氾濫発生!の反応

千曲川とは


信濃川(しなのがわ)
新潟県および長野県を流れる一級河川で、信濃川水系の本流です。

新潟市で日本海に注ぎ、このうち信濃川と呼ばれているのは新潟県域のみで、長野県にさかのぼると千曲川(ちくまがわ)と呼称が変わります。

全長367キロメートルのうち、信濃川と呼ばれている部分が153キロメートルなのに対し、千曲川と呼ばれている部分は214キロメートルと千曲川の方が長くなります。

ただし、河川法上では千曲川を含めた信濃川水系の本流を信濃川と規定しているため、信濃川は日本で一番長い川となります。

流域面積11,900km2は日本第3位、新潟、長野両県内でほとんどを占めるが、一次支川中津川の源流部が群馬県の野反湖付近にあり、水系流域としては群馬を含む3県に及びます。

水害の歴史

☆長野県の水害
:888年6月20日(仁和4年)887年に発生した仁和南海地震、東海地震で八ヶ岳の山麓が崩壊し形成された堰止め湖(河道閉塞)が、303日後に決壊し発生した土石流が原因と考えられる洪水[4][5][6]。大月川に出来た河道閉塞の湛水量は5.8億m3と推定されている。
:1543年(天文12年)千曲川大洪水で船山郷が流失。
:1602年(慶長7年)千曲川大洪水で黒彦郷が流消分散。
:1742年(寛保2年) 戌の満水、千曲川で史上最大の大洪水 立ヶ花水位(36尺 10.9m)。死者 2800名
:1847年(弘化4年) 善光寺地震による土砂崩れが犀川をせき止め、崩壊し下流に大きな被害。立ヶ花水位 8.2m
:1859年(安政6年) 現在の千曲市の戸倉大西堤防、千本柳下河原堤防が決壊。
:1868年(明治元年) 千曲川、この年合計7回の出水、4月と5月は甚大な被害。家屋流出102戸
:1885年(明治15年) 9月、10月堤防決壊、浸水700戸。
:1896年(明治29年) 千曲川、寛保以来の大洪水。『横田切れ』流出、浸水家屋は10000戸以上。
:1897年(明治30年) 千曲川、犀川ともに洪水、千曲川流域で浸水家屋599戸。
:1898年(明治31年) 現在の千曲市の粟佐堤防決壊、浸水7300戸以上、死者6名。
:1910年(明治43年) 千曲川をはじめ、各河川が氾濫。流失259戸、床上・床下浸水12800戸以上。
:1914年(大正3年) 死傷者36人、流出家屋30戸、浸水家屋339戸。
:1945年(昭和20年) 阿久根台風の影響による低気圧による大雨、死者42人、床上浸水2204戸、床下浸水4843戸。長野市綱島と須坂市大倉崎で破堤。
:1949年(昭和24年) キティ台風による。全壊家屋45戸、半壊家屋187戸、浸水家屋1478戸。長野市丹波島と須坂市村山で破堤。
:1958年(昭和33年) 台風21号により中小河川が氾濫決壊、死者9名、全壊家屋9戸、半壊家屋62戸、流出家屋19戸、床上浸水564戸、床下浸水2807戸。
:1959年(昭和34年) 台風7号による、死者・行方不明者65人、全壊家屋1391戸、半壊家屋4091戸、床上浸水4238戸、床下浸水10959戸。立ヶ花水位10.44m
:1961年(昭和36年) 6月梅雨前線による大雨により千曲川流域の死者107人、全壊家屋903戸、半壊家屋621戸、床上浸水3170戸、床下浸水15351戸。
:1965年(昭和40年) 長野県内死者2人、床上浸水265戸、床下浸水2815戸。
:1969年(昭和44年) 犀川支川高瀬川流域に被害が集中。観光客、登山客が高瀬、梓渓谷に約500人取り残され、3日後に救出。
:1981年(昭和56年) 昭和34年以来の大洪水、死者11人、床上浸水4906戸、床下浸水3683戸。
:1982年(昭和57年) 6月、梅雨前線と台風10号による。死者4人、全壊流出家屋23戸、半壊44戸、床上浸水80戸、床下浸水1384戸。立ヶ花で昭和34年に次ぐ戦後第2の水位。9月、台風18号による。千曲川支川の樽川が決壊、死傷者54名、床上浸水3794戸、床下浸水2425戸。
:1983年(昭和58年) 梅雨前線[10]により飯山市の千曲川本流が破堤、死者9名、全壊家屋7戸、半壊家屋8戸、床上浸水3891戸、床下浸水2693戸。立ヶ花で既往最高水位を記録。(11.13m)
:1985年(昭和60年) 犀川で被害発生、床上浸水171戸、床下浸水1032戸。
:1995年(平成7年) 梅雨前線[11]による。家屋浸水765戸、JR飯山線に大きな被害。
:1998年(平成10年) 床上浸水8戸、床下浸水110戸。
:1999年(平成11年) 熱帯性低気圧[12]による、死者1名、浸水家屋779戸、道路寸断、列車運休が多発。
:2004年(平成16年) 台風23号による。床上浸水31戸、床下浸水432戸立ヶ花において既往第4位の水位を記録、浸水家屋139戸。立ヶ花水位10.32m
:2006年(平成18年) 7月梅雨前豪雨[13]。床上浸水4戸、床下浸水50戸。立ヶ花及び陸郷において既往第2位の水位を記録、避難勧告4市11地区。立ヶ花水位10.68m
後述の河川改修・治水工事により、同じ規模の増水では堤防の決壊などは起こらなくなっていることが読み取れる。 立ヶ花観測点(1951年観測開始)は旧豊野町(現長野市)と中野市の境にある国土交通省による水位観測点で、千曲川河床の勾配が緩くなると共に1000mを超える川幅が210mにまで狭窄する部分。これより下流は、第四紀後半から始まる地盤の隆起のため川の流れは蛇行し流速が落ちる。立ヶ花水位観測点の計画高水位は10.75m、氾濫危険水位は8.6m、普段の水位は2 – 3 m程度。

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