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日本新聞、NHKスペシャル破滅への道と戦前最大の右派メディアが話題に!かくて“自由”は死せり!

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8月9日、朝のNHKニュースにて昭和初期に発行され、戦前、最大の右派メディアとも呼ばれた日刊紙、「日本新聞」の紙面、およそ10年間分がほぼ完全な形で残されていたと紹介されました。

8月12日(月)午後10:00-からNHKスペシャルで詳細は放送予定になっています。

日本新聞、10年間分がほぼ完全な形で見つかる!の反応

日本新聞だけが右派新聞ではないとの声もあがっていました。

日本新聞とは

日本新聞は、1889年(明治22年)2月11日から、1914年(大正3年)12月31日まであった日刊新聞でした。

☆事業者
日本新聞社
☆本社
(東京府東京市日本橋区蛎殻町)
東京市神田区雉子町32番地
☆代表者
陸羯南
伊藤欽亮
☆創刊
1889年(明治22年)2月11日
☆廃刊
1914年(大正3年)12月31日
☆前身
商業電報
(1886年-1888年4月)
東京電報
(1888年4月9日-1889年2月9日)

1906年(明治39年)時事新報から日本銀行への職歴を持つ伊藤欽亮が社長に就任すると、新聞『日本』は性格を変え、立憲政友会からの支援を受けた保守系新聞になります。

1914年(大正3年)末、東京・神田雉子町の日本新聞社社屋が火事で焼失、事業継続が不可能になって初代『日本』紙は廃刊しました。

その後は小川平吉らが後援して「日本新聞」の名前を残しながら日本主義を主張する新聞は続き、1927年(昭和2年)に慶應義塾大学教授の若宮卯之助が編集顧問兼主筆に就任すると、原理日本社と持ちつ持たれつの関係となり、超国家主義を主張するようになっていきました。

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