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穴八幡宮、一陽来福で長蛇の列!始発で最後尾の650m!西早稲田まで列が続く!

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12月22日、穴八幡宮の一陽来復を求める人で2時間待ちの行列が出来ているようです。

この御守を手に入れられるのは1年のうち冬至~節分までの約2か月間で、本日は5時からの販売で徹夜組もいたそうです。

発売の初日が冬至というのも、1年の内で最も陽が短く、「陰の極まる日」から陽に転じていくということと繋がっているそうです。

一陽来復御守を御祭りできる日は、冬至・大晦日・節分の3日間だけになります。
☆日にち:冬至・大晦日・節分のいずれか
☆時間:夜中の12時
☆飾る場所:柱か壁の高い所(天井付近)で、その年の恵方に向ける

穴八幡宮、一陽来福で長蛇の列!の反応

穴八幡宮とは


穴八幡宮(あなはちまんぐう)
東京都新宿区西早稲田二丁目の市街地に鎮座している神社。蟲封じのほか、商売繁盛や出世、開運に利益があるとされており、旧称は高田八幡宮。

歴史
☆社伝によれば、1062年(康平5年)、源義家が奥州からの凱旋の途中、この地に兜と太刀を納め、八幡神を祀ったといわれています。

☆1636年(寛永13年)、ここに的場が造られ、この八幡宮を守護神としました。

☆1641年(寛永18年)、宮守の庵を造るため、社僧良晶が南側の山裾を切り開いていると横穴が見つかり、中から金銅の御神像が現れました。掘った人は「芽出度い」と大喜びし、以来、「穴八幡宮」と称するようになりました。3代将軍徳川家光は、この話を聞いて穴八幡宮を幕府の祈願所・城北の総鎮護としています。
歴代将軍がたびたび参拝し、8代将軍徳川吉宗は、1728年(享保13年)に世嗣の疱瘡平癒祈願のため流鏑馬を奉納しました。流鏑馬はその後も世嗣誕生の際や厄除け祈願として奉納され、穴八幡宮に伝わる「流鏑馬絵巻」には1738年(元文3年)に奉納された竹千代(後の10代将軍徳川家治)誕生祝の流鏑馬が描かれています。
江戸の庶民からも信仰を集め、特に蟲封じの祈祷は有名だった。1879年(明治12年)には皇太子(後の大正天皇)の御蟲封祈祷も行っています。

☆1945年(昭和20年)の東京大空襲で、建物の多くを焼失。

☆1961年(昭和36年)、御鎮座900年事業として本殿再建工事を開始。

☆1989年(平成元年)、引き続き幣殿、拝殿工事を行いました。

☆1998年(平成10年)、隨神門を室町時代の様式で再建、なお境内全域を古書を基に未だ再建途中。

☆また冬至の「一陽来復」のお守りでも知られています。お守りを受け取れる期間は毎年冬至の日から翌年節分の日までであり、冬至の日は特別に午前5時から受け取る事ができます。
なお、現在同神社は旧別当の放生寺と日本キリスト教団早稲田教会と隣接しており、神道、仏教、キリスト教が街の一角で共存している状態が続いています。五木寛之の著作には、入学したばかりの五木が、穴八幡の床下で寝ていて追い出された、という記述があります。

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